冬に生まれた春は梅雨を世界の豪脚で切り裂き9cmの歓喜は初夏の空に登るのか消えるのか・・・

さっき買ったばかりの赤い箱から1本抜き取りくわえながら考えた

 

誰が言ったか“春の欝は根深くタチが悪い”

北風に晒された鬱屈した心情が凍えた“負”を抱え込み

凍りつき幾重にも重なった欝が春の陽気で溢れ出す

 

安物のライターの渇いた機会音は1度で決まらず2度3度

 

あらゆる生命の息吹は始まりの鐘を鳴らす

蠢く春が目を覚ます

ありとあらゆる春が密かに欝を裏に秘め

知らずいつの間にか心は闇に侵食される

 

目の前の炎をしばし眺める空っぽを実感する数秒間

 

今ここは、正気と狂気の分岐点

狂気は桜と共に散らせばいいさ

いつも通りの予定調和は

花粉症の自覚によって崩壊した

 

肺の隅々に行き渡る何の意味も持たない煙

 

広島カープの快進撃がもたらした

ここ数年感じる事の出来なかったまさに僥倖

唯一感じ得た春らしい痛快さは

案の定3ヶ月ともたず

唯々ストレスを供給してくれる

 

吐き出された煙はカウンターの上を滑るように流れる

 

今年ほどドラマチックな日本ダービーはあっただろうか

橋口調教師積年の夢

既定路線とさえ思われた

ダンスインザダークによる武豊ダービー初制覇というシナリオが

フサイチコンコルドの音速の末脚に屈しておよそ20年

幾度となく苦杯を舐めながら

新潟事件により騎乗依頼が激減した大崎に手を差し伸べ

目を患い終わったとされた上村に手を差し伸べ

自身の管理馬リーチザクラウンが2着という悔しいレース後

同レースをロジユニバースにて制した横山へ真っ先に“おめでとう”と駆け寄ったという

時として残酷と感じさせる時間はリアル

留まることなく容赦なく流れていく

定年までに残されたチャンスは2回

 

流れゆく煙を眺めていた筈がいつの間にやら煙に包まれていた

 

ワンアンドオンリー~唯一無二~

横山に導かれ魔法のようなレースをした彼が抜け出したのは

レースであり惜敗の歴史であり歓喜の扉の向こう

事実は小説よりも奇なり

その名の通りの悲願がもたらされたのは

氏の人柄による必然か

 

吸い込む度に加速する灰に覆われた橙の光はおおよそ半分

 

歓喜の余韻の残る梅雨空の東京

降りしきる雨は波乱を予感させる

世界一の称号はアクシデントを逆境を跳ね返せるのだろうか

ゴール前であがく彼を悲鳴と怒号が包む

誰もが諦めかけたその刹那

炸裂した世界の豪脚は前を自らの誇りを捉えた

その差わずか9cm

 

最後の煙を吸いそしてそっと吐き出した

 

梅雨が終わる

夏の匂いを感じる

とめどなく汗が流れセミが哭く

諦める事のできない僕の気持ちはくすぶったまま

相も変わらず遠回りをしながら寄り道を繰り返し

自分らしさと自己嫌悪の間を揺れ動く

仕方なかろう

人は最も大切な本心の元に従順でしかいられないのだ

 

もみ消した煙草から苦しげに漂った煙は瞬く間に目の前の空気に紛れ込んだ

1本の煙草を吸い尽くすまでの無駄な時間

振り返ってみたこの半年間はその程度だったのかもしれない

せめて年末はバーボン片手に煙草1箱

一晩語り尽くす程度にはしたいものだと願いつつ

自虐な笑いを振り切って僕は席を立った

さぁ帰ろう

今日を終わらせよう

そして起きて

明日を始めよう

 

2014 7 15 10:30

須藤 利浩