決断というものは常に尊重されるべきであり
友としては応援しかできない訳だが
君の成功を切に願っている一友人より
心をこめて
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十数年前に約3年ほど僕は西中島と新大阪の間で
今はなきWAZZという店で支配人などという仰々しい肩書きで働かせて貰っていたのだが
色々あってもうこれ以上ここでは働けないと思い
年齢的にも今から働き口を探し
一からまた築いて行く苦労というのは考え難く
独立以外の選択肢は自ずとなくなり退路は消えた
時間を遡るような事をするよりも直近で働いていたエリアの近くの方が色々とやりやすいのではと
西中島でBARをやるという決断に至った
物件もみつかり内装工事にとりかかって間もなく
ある程度は呑み歩いていたとはいえ
あまり人なり店なりとのつながりが深かったとはいえないと感じていた僕は
そういうものを求めてなんとなく歩き回っていた
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ある日“BAR ぶらりん”と書かれた看板にすい寄せられるように階段をのぼり店の扉を開いた
思ったよりも広い店内には1人のマスターとお客さんが数人
カウンターに座った僕に話しかけてくれたマスターの印象は“THE 好青年”といった感じか
いつも通り
“マスターもよろしければ1杯どうですか”
と声をかけ一緒に呑ませてもらったのだが何かが引っ掛かる
上手く説明できないが警戒心は見えるのだがなんだか感じはいい
心の琴線に触れる嫌いじゃない感触
思い切って来月の16日に近所でBARを開店することになったとの主旨を伝えると
“フライヤーとかないんですか?よかったら置かせてもらいますよ”
とありがたい申し出をしてくれ
更にカウンターにいた別のお客さんに宣伝までしてくれた
お店も人もすっかり気に入った僕は
開店準備中の短い期間に1人で数人で何度か利用させて貰い
もう少し早く知っていたらもっと仲良くなれたかもしれないのにと惜しい気持ちになったのを覚えている
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2011 12月16日いよいよBAR CLAYMOONオープン
圧倒的な不安とすこしの希望
オープン景気と誕生日でどうにかやりくりしていたが
自分自身の戦略ミスもあり緩やかなオープンとなったお店の
新規オープンという集客の為の大義は日々鮮度を失っていく
それなりな関係はそれなりでしかない故に客足は伸びない
2月に入り完全に当初の不安が的中してしまう
色々な事柄の関連と人との関係性に“深み”が足りないのではないかと感じていた不安
お客さんが来てくれない店のていをなしていない状況という根本的な問題に
“俺はダメかもしらんこのままじゃ潰れるかも…”と頭を抱える日々が続いた
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2月半ば過ぎの終わりがけの店内で途方に暮れていた時
“あ~~~やっと来れた”
という声と共に開いた店の扉から現れた救世主は
あの時のBAR ぶらりんの石田さんだった
そして近所のBARのマスターと紹介されたお連れさんは
“スタンドエビスっていうバーのエニーっていいます”
と自己紹介したのだった
翌日は昨夜(朝?)2人に呼び出されて来ていた女の子が連れて来てくれた彼が
“近くでRimっていうバーをやってますポンです”
と言った
今尚お世話になっている特に恩義を感じる3人との出会い
僕にとっては運命のような夜
そうBAR CLAYMOONはあの夜に始まったのだ
いっしゃんが導いてくれたともいえるあの連夜の事は一生忘れない
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イシダサンと呼んでいた呼び名がいっしゃんへと変わり
なんとなくコマジメな会話がバカ話と真面目な話というような極端にメリハリのある会話に変わり
10年以上
“須藤さん靖国神社行くなら連れてってくださいよ一緒に行きましょう”
と東京二人旅でいっしゃんは改札に切符を入れれなかった
靖国神社で感動した後
20分程度で浅草に飽き
お上りさん状態で六本木、渋谷と移動するたびに人が増え
最後の新宿では大所帯となり完全に西中島吞みになっていた。
ある土砂降りの朝当店にてam10:00過ぎまで寝て起きてくれず起きるなり
“どっか吞みに行きましょうよ、そうや鶴橋に焼肉食いに行きましょう”
というので
トランプで奇数なら帰る、偶数なら鶴橋、ジョーカー?そんなもん出んけど出たら広島でも行きましょかと
いっしゃんはまさかの2/54という確率のジョーカーを引き当て
お金はトランプで1番小さい数字をだした奴の払いって事で行った
日帰り広島トランプ3人旅。
あるなんの変哲もない週明けの夜
“須藤さん木曜日伊勢神宮行きません?”
“はぁ伊勢神宮~なんで?”
“天皇陛下の最後のご公務ですよ”
“マジか?そら行くわ!”
と急遽決まった伊勢神宮二人旅では待ち合わせに1時間半以上遅れて来て…
まあその後に沿道で2時間半以上待って
日本国旗振りながら天皇皇后両陛下を肉眼で見れて二人で感動できたからよかったけどね
伊勢神宮初めてやったし松坂牛も美味かったしね。
数え上げればキリがないが上記のような“巻き込み力”と“酔っぱけ力”
ある日他愛のないどうでもいい話で笑っていた時に
“あ!石田さんなんで僕には彼女がおらんねやろか?”
という僕の冗談に
“そら恋愛感覚が中学生で止まってるからちゃいます”
当時は僕があまり人に見せなかったというか隠していた本質をあっさり見抜く“洞察力”
披露宴の乾杯の音頭を任される程の大事な友人の結婚式当日の朝のBAR CLAYMOONにて
そろそろ帰ろうという僕に
ラス1いきましょうと繰り返し呑む事3度
いよいよ出ないと間に合わないという僕に
タクシー呼んでるし○○で△△やから俺は大丈夫と豪語しときながら
寝坊して披露宴が半分も過ぎた頃にやっと来るという“やらかし力”と“天然力”
(おかげ様で披露宴と二次会の両方で乾杯の音頭という大役をさせて頂きました)
常に張り巡らしてるアンテナに引っ掛ける“ゴシップ力”etc…
そしてそれら全てを統べる“ツッコミ力”
僕にとっては今1番頭を使って話せる唯一無二の相手であり
話していて最も楽しい相手の1人である君が西中島からいなくなったら
僕は誰と近現代史を語るのか?政治について話すのか?日本の今後について語り合えばいいのか?
そしていっしゃんの持ってきてくれる様々なエピソードは常にひねりが効いていて大好きなのだが
頻度が減ると僕のストレスは今より確実に増える事になるんだろう…
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たとえ前向きな理由であろうと
知っている店が閉まるというのは
いつでも少なくない切なさを伴う
それが大好きな大事にしていた店なら猶更だ
“拝啓、炭の上から”は1月21日がLAST DAYということなのであと3日!!!
とは言え今後については全く心配していない
いっしゃんの高い人間力ならどこへ行っても
多くの人が彼の周りに集まり多くの人を笑顔にする楽しい店を創るだろう
“BAR ぶらりん“の時のように
“拝啓、炭の上から”のように
当ブログのタイトルがおかしくなるだけで
それが西中島なら嬉しく思うし
できればそう願いたいとも思うが難しそうな気がしている…
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これが今生の別れという訳ではない
同じ空の下ならいつでも会えるし会いにいける
次のお店をやるその時はできれば連絡して下さい
君に切られない限り僕は押しかけるだろう
そしてまた他愛のないバカ話をしながら
どうでもいい事でバカ笑いしながら
めちゃくちゃにそしてご機嫌に吞みましょう
“これからもずっと仲良く“
今君にそれだけを望む
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2023 1 19 am9:45
須藤 利浩